能楽の原型は、大陸からシルクロードを渡ってきた散楽にあるとされている。もともとは散楽とは、物まねや大道芸などの雑芸。それが発展、以降能楽として大成するのは室町時代のことだそう。観阿弥・世阿弥という優れたアーティストが出現し、より芸術性の高い「幽玄の美」を追求した能が完成。茶、花、武道など、様々な文化とリンクしながら洗練し高められ、武家社会のたしなみとして隆盛を極めるようになったという。金剛流能楽師の宇高竜成さんは、そんな能楽を、わかりやすく今の世に伝えようとチャレンジする若手の一人だ。
「初舞台は3歳の時。『花筐』という演目で、子方を演じました」。
父親も金剛流宗家に師事する能楽師。幼い頃から、家族の中には常に身近に能があった。能、歌舞伎、狂言…。伝統を継承し、その芸を極めるためには、家=家族の存在は、とても重要なものとなるようだ。とはいえ。
「子供の頃は、舞台にでればおこづかいがもらえたし(笑)。ちやほやされるのも嬉しくて、こんなに楽しい世界はないなと思いましたよ。ところが、声変わりをする頃になると、能楽師として独り立ちをしなければならないんですね。すると状況が一変。お稽古は日増しに厳しくなって、怒鳴られるわ、モノは飛んでくるわで…。するとだんだん気持ちがブルーになって、そんな毎日に疑問が生じるようになりまして。生まれる前から、何故自分の人生が決められているのか?と」。
装束を繕ったり、舞台を掃除したり。華やかな舞台から一転、地味な下積みの作業と厳しい稽古の毎日は、宇高さんに相当なダメージを与えたという。
「ありきたりですけど、ちょっとグレまして(笑)。気分転換とでもいいましょうか。それで、バンドとかも始めました。反抗期の真っ盛りですから。能にしばられない、何か別の人生を模索しようと思ったのです。そんな中で、特にバンド活動中のライブの時なのですが、こう、身体全体で音やリズムを感じることは、能の音楽性にも共通するんだなぁ、と思いはじめまして。その時に、能がシンクロしたんですね。何だ。一緒じゃないかって」。
また、後日、多ジャンルとの身体表現との出会いもあって、それからというもの、能に対しての意識が確実に高まった。日々、黙々と稽古にも精進する。現在は、能を身近に感じてもらおうと自らワークショップを企画したり。また、200曲以上はあるという演目を、一つ一つひも解きデータベース化するなどの試みも始めたそう。
「能はその発展過程で、格式高く堅いイメージを持ってしまいました。600年も続く歴史があって、ユネスコの世界無形遺産にも登録されました。でも、一方でやはり今の時代には即していないのではないかと思うことも。古典は大事です。破ってはいけないルールもある。かといって、現代の人が見て楽しくなければ意味がありません。能楽師=役者も工夫しなければいけない。舞台演出も、もっともっとエンターティメント性が必要ですね。その上で役者がアーティストとして舞台に立てば、古典も新しく見えるのではないかと思います」。
今の時代を生きる役者の生き様を、能の舞台の上で表現する。そのためには、新しさの演出が欠かせない。異業種、他ジャンルの アーティストとコラボレーションしてみたり。若き能楽師の頭の中には、色々なプランがあるよう。その実現に向けて。今後の動向と活躍を期待!
金剛家:能には、観世、宝生、金春、金剛、喜多というシテ方五流派がある。金剛家は、阿波藩に仕え京都に住み禁裏御能を務めた。流派ごとに、演出や装束、謡などが微妙に違うというから見比べてみるのもおもしろい。それぞれに持ち味があり、金剛流は「舞金剛」と呼ばれ、ダイナミックな舞が特徴だとか。






