キョウト・スタイル 12月号

伝統を受け継ぐというコト キョウト・スタイル

Kyoto lifestyle connection キョウトからはじまる美しいくらし

伝統や文化を受け継ぐ事を生業とする若い世代を紹介します。vol.03

男衆、デザイナー 堀切修嗣さん(34)

京都が誇る伝統文化の一つに花街=舞妓さんがある。京都には現在五つの花街が存在する。その中で祇園に並ぶ、活気ある花街として存在するのが宮川町。現在営業するお茶屋さんは約40軒というが、1751年にこの辺り一帯にお茶屋営業の許可がおりていらい、今も花街らしい風情を残している貴重な街だ。この界隈は古くから芸人の集まる場所で、格式を重んじる祇園とは違い、粋人が好み、男色の風潮などもあったという自由で気さくな雰囲気が特徴だった。そんなことから、現在も宮川町は肩肘張らないカジュアルさで人気を博している。庶民派の花街なのだ。

だらり帯にお引きずりのキモノ。これが舞妓さんの定番姿。この衣装を着せる為の専門職。それを男衆(おとこし)という。年々なり手も少なくなる中、宮川町を中心に、その貴重な花街文化を伝える男衆として活躍するのが堀切修嗣さんだ。

「父親が宮川町の芸妓組合長と懇意で、なり手もおらんし、誰かおらんのか?と相談されていたところ、白羽の矢が立ったのが私で。父親の顔を立てるため、1年間の約束ということで始めました」。
もともとはネイル関係の仕事をしており、花街にはまったく興味もなかったとか。もちろん、舞妓さんの衣装や着物の着付けなどとも、まったくの無縁。
「男衆という存在すら知りませんでしたからね。着物の名称などは、今でも知らないくらいです(笑)。まず、一体何をすればいいのや?という世界。取りあえずは、お茶屋の女将さんについて、一から云われた通りのことをこなすというか。まずはだらりの帯を締めるところから始めました。だらりの帯というのは、一般のものとは違い、長さが約7メートル50センチはある代物。金糸、銀糸がふんだんに使われている高価なものがほとんどですから、扱いが非常に難しいんですね。重さもかなりあります。それをひたすら縛るだけの毎日。それもただ縛るだけではなく、舞妓さんの体調や天候、その日のお座敷の数等によって、微妙に締め加減を変えなければなりません。着付けか!と、簡単そうに見えましたが、思った以上にハードで頭を使う仕事だったんです。」

着物を着せる。という事の奥深さにハマり、1年の約束だった男衆の仕事も、今では10年のキャリア。数名程度の舞妓さんを担当し、弟子まで取るようになった。その存在は、若手の男衆として将来を期待されている。舞妓さんの信頼も一手に集め「おにいちゃん」として慕われるほど。その一方で、平行してデザイナーや写真の仕事をこなしている。和の雰囲気を、モダンにアレンジするデザインが得意だ。
「連なる町家、石畳に響く舞妓さんのぽっくりの音。夜になればぼんぼりに灯がともり、グラマラスな表情になる。幼い時から、この宮川町の花街に慣れ親しんできた私にとっては、花街独特のはんなりしたセンスが自然身に付いているようです。男衆になって、お茶屋さんに出入りするようになってからは、より、そのセンスが洗練されてきたような気がします。舞妓さんが身につける着物やポッチリ、半襟、簪などは、新品ももちろんありますが、それらは代々引き継がれている素晴らしいものばかり。柄の細かさや緻密な細工など、この仕事をしていなければ体感することもなかったでしょう。美しく素晴らしいものが、常に身近にある。その環境が、デザインや写真の仕事にも確実にプラスになっていることは間違いないでしょうね」。

最近ではその本物で美しいものを、もっと世の中に広めたいとあれこれ画策中とか。今後の動向も見逃せない。

男衆:花街の中で、唯一男性。現在は女性もいるらしい。舞妓、芸妓さんの衣装を着つける専門職。店出しや衿かえなどの、舞妓が行う数々の儀式には同伴し、一緒に挨拶回りをする。また、舞妓さんとマンツーマンで接するため、相談相手としての役割も。現在なり手は少なく、花街に数十名しか存在しない。

堀切 修嗣/ほりきり しゅうじ

男衆・デザイナー・写真家
宮川町に事務所を構え活動する。Tシャツブランド「ジュバン」のオーナーでもあり、和と現代モダンをマッチさせたオリジナル・デザインのTシャツは人気。最近ではアンジェラ・アキのイベント企画のデザインワークなども。
http://www.juvan.jp

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