ハギ、すすき、ナデシコ。古代、万葉集の頃から歌にも読まれてきた日本固有の花。その後も、日本画や着物などに、日本人の繊細な美意識を表現するためのモチーフとして愛されてきた。繊細で、はかなげ。そんな和の花にこだわった花屋さんがある。その主人を務めるのが、谷中正道さんだ。
北大路に程近い紫野という住宅地の中に、ぽっつりとお店はある。玄関もかねる店先には、季節の草花を入れた木桶が並んでいる。
秋には秋の、冬には冬の…。温室で栽培されるような通年花や華やかさが信条の洋花は、ここにはない。主人の谷中さんが、店をかまえたのは15年ほど前。京都の老舗花店「花政」につとめた後、園芸を学び、その後に店を開いた。
「本当は、花という物は、道端に、野に、山に。季節ごとに咲く姿を愛でるのが、自然なことなのでしょうけど。今の時代では、なかなかそれも難しいですよね。花があることで、季節感やその背景にある自然を。生活の中でもっと身近に感じてもらえたら…」と谷中さんは話す。
和の花だけを扱うことは、花屋としてはとてもリスクが高い。茎や花びら、葉等が、細く繊細でデリケート。扱いが難しいのだ。洋花のように、持ちがいいわけでもない。ひたすらていねいに。手間のかかる存在だ。効率ということからいえば、敬遠されることもしばしばだ。それだけに「市場からなくなりつつある」という種類の花も少なくないという。
「桜や萩や紅葉など、神社仏閣はもちろん、京都で行われる季節の行事に花は欠かせない存在。茶道、花道も盛んです。私たちの中には、その日が来ると、決まった花を飾る習慣があります。それをしないと、逆に気持ち悪いというような。例えば祇園祭は檜扇とか。そんな意味では、京都では常に植物の季節の営みを感じることができて、それが生活に根ざしていると言えるのでしょう」。
古い町家での暮らしが今も根付く京都。畳、床の間のある空間に、さりげない花が一輪。京都の老舗店舗はもちろんだが、家庭でも割とよく見かける光景の一つだろう。
「花は特別なものでありません。難しく考える必要はないんですよ。そんな風に、一輪の野の花を空間に飾り、ていねいにメンテンスする。活けて、咲いて、枯れて。そして、自然に帰っていく。そんなことを意識することは、とても大切なことなのではないかと思いますね」。
ジャズが大好きで、もともとはバーテンをしていたという谷中さん。今でもアナログのプレーヤーでジャズのレコードを聴くのが日課だ。和の花とジャズ。対極ながらもその両者が持つ空気感は、実は共通する「間」のようなものがあるとだと感じた。






