キョウト・スタイル 12月号

伝統を受け継ぐというコト キョウト・スタイル






Kyoto lifestyle connection キョウトからはじまる美しいくらし

伝統や文化を受け継ぐ事を生業とする若い世代を紹介します。vol.06

書家 上田晋さん(32)

書の歴史をひも解こうと思うと、それは紀元前の中国までさかのぼらなければなりません。そのような時代から私たちのとても身近にある文字は、長い時間を経てアレンジされ、進化を遂げて現在に至ります。しかしながら、その用途は太古の昔より変わることはありません。記録の手段として、何かを表現する方法として…。誰かに何かを伝えたいから、人は字を書くのかもしれません。書家の上田普さんもそんな一人。自分を表現するためのツールとして選んだのが書家という道です。

お母様が書道教室をしていたこともあって、書道には慣れ親しんだ環境に育ってきたといいます。お習字を始めたのは、5才の時。その後もお稽古を続けました。「お手本をもらって書き写す。基本になる線と形を何度も繰り返し、自分のものにすることがお稽古です。でも、青年期になってどんどんと成長する過程で、誰かの物でなくもっと自分の考えや価値観を表現し、自分の作品だと胸張って言える様なものは出来ないかと。」

大学で書道を学んだ後、自分にしっくりいく答えを探しに、本場中国へ留学にでます。でも、そこで出会った書は期待していたものではなかったそう。それから得意のハーモニカでアルバイトをしながらトロント、シカゴへと放浪の旅を続けて。「中国で自分が出会った書は、昔ながらのトラディショナルなものばかりで。日本に入って来ているものとの違いがあまり見いだせませんでした。しかしカナダで日本の建築や庭園の写真集を見て日本人の持つセンスは素晴らしいと思ったんです。」トロントにいた時、誘われて行った日本画の展覧会を見て。「こんな風に自分の空間を作れたら気持ちいいだろうなぁ」と思ったのも転機になったのだとか。

ナチュラリストでもある上田さんは、その時に「風、雲、雨、光など、自然をモチーフにした言葉を、イメージ出来るカタチにして表現できれば書も世界で通用するとひらめいた」といいます。その作品が、たまたまサザビーズのアートディラーの目に留まり、あっという間に値が付いて売れてしまったのです。「その瞬間ですね。すべてが吹っ切れて、もっとまじめにアーティストというものに取り組まなければと思ったのは(笑)」。永住して、アメリカで活動をすることも考えたそうです。「海外を拠点にすると、自分がニセ物になってしまうような気がして。日本人として、自分の持つ日本人の感覚を研ぎ澄ましたかった。それならやはり日本でもまれるのが一番だろうと。その中でも、書に一番厳しい場所…。それがこの京都だったんです」。以来、京都でじっくり書と向き合い、アーティスティックな活動を続けています。

予定調和が面白くないという上田さんは、「ちょっとの偶然」を待って、何度も何度も無心になれるまで筆を動かす感覚の人。墨の濃淡や色、線の強弱、余白の加減。その日の気分や出来事など、日々の感覚が微妙に影響されることも。五感を研ぎすまして。風景や、写真や、建築が…京都にあるすべてのものがインスピレーションとなるといいます。そのような環境の中から生まれる、モダンな印象の繊細な筆の線と大胆な余白の構成。それが上田さんの作品の大きな魅力の一つなのでしょう。

上田普/うえた ひろし

974年兵庫生まれ 大学卒業後、中国へ渡り、その後トロント、シカゴを経て、京都に居を構える。京都の老舗旅館「柊家旅館」の館内案内図などを手がける。オーストラリアのギャラリーなどに作品を出品中。今号よりアップしている「キョウト・スタイル」のタイトル題字を手がけた。

作品の一部をこちらでご覧いただけます。

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